抗がん剤をやめると決めた日。生きるための選択。

抗がん剤をやめると決めた日。生きるための選択。
診察室のドアを開ける前、私の心には迷いや動揺はありませんでした。手のひらに嫌な汗をかくようなドキドキもなかった。ただ静かに、ゴールだけを決めていました。
衰弱して命の火が消えるのを待つことは、生きているとは言わない
膵臓や肝臓への転移が見つかり、延命のために抗がん剤を続ける日々の中で、体はどんどん削られていきました。起き上がれず、ただ一日が過ぎるのを待つだけの毎日。そのとき強く思ったのです。衰弱して寝たきりになり、命の火が消えていくのを待つことは、私にとって生きているとは言わない、と。両親が生きている間は、何があっても親より先に逝くわけにはいかない。その覚悟があったからこそ、延命のレールから降りて、自分の足で立ち直す道を探そうと腹を括りました。
本気で怒ってくれた先生へ
診察室で中止の意思を伝えると、先生は本気で怒ってくれました。命を甘く見過ぎだ、半年ももたなくなるぞ、と。そこまで真剣に向き合ってくれる先生だからこそ、私は信頼していました。だからこそ、まっすぐに最後のお願いをしたのです。先生、リビングニーズ特約の診断書を書いてください、と。思い出作りや旅行のためのお金ではありません。生きるためにできるすべての挑戦をするための資金として、私はその権利を行使しました。
治療を降りることは、決して投げやりな諦めではありません。自分の人生のハンドルを自分の手で握り直し、前を向いて生きるための選択だったのです。
講演家 ニーナヒデヒコ
本名 新名秀彦
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