春の光の中で、立ち止まる自分を許す

春の光の中で、立ち止まる自分を許す

窓の外を流れる風が、 すっかり春の匂いを運んでくるようになりましたね。

街には初々しいスーツ姿の新社会人や、 ピカピカのランドセルを背負った子供たちの姿。

誰もが新しい一歩を踏み出すこの季節、 世界がキラキラと輝いて見える一方で、 かつての私は少し違う感情を抱いていました。

がんサバイバーとして歩み始めてから、 春を迎えるたびに思い出す景色があります。

それは、周囲が目まぐるしく変化していく中で、 自分だけが取り残されたような、あの静かな焦燥感です。

抗がん剤の投与を続けていたあの頃、 私の時間は一度、止まりました。

周りは満開の桜を愛で、 未来の予定を軽やかに語っているのに、 自分だけが重い足枷を引きずりながら、足踏みをしている。

きれいごとではなく、 春の明るさや暖かさが、逆に苦しさや命の儚さを際立たせられて、 独り取り残される恐怖に、何度も襲われました。

けれど、YouTubeでの発信を続け、 講演家として各地でお話をさせていただく中で、 ようやく気づけたことがあります。

立ち止まる時間もまた、人生という長い季節を生きる上での大切な一部だということです。

早く歩くことや、無理に前向きでいることだけが正解ではない。

どん底だった当時、幼馴染がかけてくれた言葉があります。

「生き急いでいるように見えてたよ。ゆっくりでいいんじゃない」

その一言に、私はどれほど救われたことでしょうか。

命の温度や、当たり前の日常がいかに尊いか。 自分自身の経験を通じて伝えること。

それが今、講演という場に立つ私の役割だと感じています。

もし今、周囲の変化に心が揺れて、 何かを急がなければと自分を追い込んでいる方がいたら

ぜひ一度、深く息を吐いてみてください。

花が咲く時期は、人それぞれでいい。

今日は少しだけ足を止めて、 春の柔らかな光を肌で感じる時間を持ちたいと思います。

講演家 ニーナヒデヒコ


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