伊勢の命の水を汲みながら感じた 生きようとする力

伊勢の命の水を汲みながら感じた 生きようとする力

体調を整えるために、これまで何度も足を運んできた伊勢の山奥があります。お目当ては、命の水とも呼ばれる天然の湧き水を汲むことです。人間の体の多くは水分でできているからこそ、質の良い水を取り入れることは自分という器を整えることにも繋がると、体感としてずっと大切にしてきました。

水場に集う、それぞれの切実な願い

水場に立つと、私と同じように重いタンクを抱えた方々が次々と訪れます。きっと皆さんも、大切な家族のため、あるいは自分自身の健康のために、それぞれの切実な願いを携えてこの場所に来ているのでしょう。

余命半年の暗闇、藁をも掴む思いで

振り返れば、全身にがんが転移し余命半年という暗闇の中で必死にもがいていた頃、良いと言われることは何でも試してきました。この水は本当に体に良いのか。そんなふうに立ち止まって冷静に分析する余裕すら、当時の私にはありませんでした。ただ必死に、生きるための光を、藁をも掴む思いで探していたのです。そこには綺麗事では片付けられない、剥き出しの不安と葛藤がありました。

必死さそのものが、生きる力だった

しかし、何かにすがりたいほど必死なその気持ち、その行動を起こすエネルギーこそが、実は生きようとする強い力そのものだったのだと、今になって強く感じます。

正解を求めて立ち止まるより、いまの自分が信じられるものを手繰り寄せて動くこと。それが、明日へ繋がる確かな一歩になります。

今、何かの壁に向き合い、すがるような思いで必死に生きている方も、どうかそのエネルギーを信じてくださいね。今日という日を生かされていることに感謝しながら、また一歩ずつ、歩みを進めていこう。

講演家  ニーナヒデヒコ
本名 新名秀彦


YouTubeはこちら