転移、抗がん剤、そして「死」が現実になった日々

転移、抗がん剤、そして「死」が現実になった日々
こんにちは。講演家のニーナヒデヒコ(本名:新名秀彦)です。
前回、ステージ3Bの大腸がんと診断され、手術を受けた頃の話をしました。
あのときの私は、「手術が終わったのだから、きっとよくなる」と、どこかでそう信じようとしていました。
ですが現実は、私の想像をはるかに超えていました。
転移という現実
術後は定期検査を受ける生活のみので、変わらない日常を過ごしていました。
それがある日突然自体が一変。がんの転移が見つかりました。
「終わった」
瞬間的に心が大きく乱れました。
元・生命保険募集人として、これまで多くの方に“もしもの備え”をお伝えしてきた私が、今度は自分自身の人生で、その“もしも”のど真ん中に立たされていたのです。
抗がん剤治療が始まった
そこから、抗がん剤治療が始まりました。
治療が始まれば希望が見えるのかと思っていました。
ですが現実は、そんなきれいなものではありませんでした。
副作用は想像以上に厳しく、体は思うように動かず、気力まで奪われていきました。
ただ一日をやり過ごすだけでも精一杯。
寝込む時間が増え、「これが本当に生きているということなのか」と、自分に問いかける日々でした。
治療を受けるために生きているのか。
生きるために治療を受けているのか。
その境目がわからなくなるほど、苦しい時間でした。
死が、急に遠いものではなくなった
がんになる前の私は、「死」はどこか遠くにあるものだと思っていました。
もちろん頭では理解していても、それはまだ“自分ごと”ではなかったのです。
でも、転移し、抗がん剤の副作用に苦しむ中で、死は急に現実味を帯びてきました。
明日、自分はどうなっているのか。
この治療にどこまで耐えられるのか。
本当にこのまま終わってしまうのではないか。
そうした思いが、日ごとに心の中に重くのしかかってきました。
体の苦しさだけではありません。
「先が見えない」ということが、これほど人を追い詰めるのかと、初めて知りました。
「ただ耐えるだけ」は、生きることではない
そんな日々の中で、私はひとつのことに気づき始めます。
ただ治療に耐えて、ただ寝込んで、ただ一日が過ぎるのを待つ。
それは“生存”ではあっても、私の望む“生きる”ではない。
もちろん、治療に耐えること自体が大変です。
必死に今日を越えるだけで精一杯な日もあります。
でも、それだけでは心まで失ってしまう気がしたのです。
「自分はどう死ぬか」ではなく、
「残された時間をどう生きるか」。
少しずつですが、私の意識はそこへ向かい始めていました。
このときの経験が、後に私の考え方の土台になっていきます。
徐々に生きたいエネルギーが動き出そうとしていました。
7つのがんを持つ男!ニーナヒデヒコの共病生活【はじめして編】VOL.001
©︎ 2026 Nina Hidehiko