伝えるという選択のあいだで、 私たちが選べること。

伝えるという選択のあいだで、 私たちが選べること。

空を見上げるとダブル台風が近づいているニュースが流れ、落ち着かない天気が続いていますね。知人の話を聞いて、私はふと、自分の心の中にある境界線について考えていました。

誰に、いつ、どう伝えるか

がんという病気に直面したとき、多くの人が最初に迷う切実な問いがあります。この事実を、どこまでの人に、どのタイミングで伝えるべきか、ということです。むやみに公表するものでもないし、周囲に余計な心配をかけたくない。これまで通りの関係を壊したくないという迷いも、ごく自然なことです。かといって、完全にクローズにして一人で抱え込むのは、どこかもったいない気もする。その間で、心は何度も揺れ動きます。

もう少し早く聞いていたら

先日、ある知人から、身内の方ががんと診断されて今週入院・手術を受けることになったという急な話を聞きました。本人は心が折れてしまっていて、「どこの病院に行っても一緒でしょ」と話しているそうです。その言葉を聞いたとき、私は言葉にできないもどかしさを感じました。その知人も同じでした。もう少し早く話を聞いていたら、違った対応や情報の共有、別の選択肢の提示ができたのではないかと。

伝えることで、光が差した

私自身、39歳で大腸がんになり、その後も転移を繰り返すなかで、数多くの選択を迫られてきました。自分の病状を周囲に開示することは、決して簡単な決断ではありません。しかし、勇気を出して事実を共有したからこそ、一人では決して手に入らなかった専門医の情報や、納得のいく治療、そして心強い味方に出会うことができました。

伝えることで得られる選択肢が、目の前の暗闇を照らす光になることもあるのです。

自らの意志で、丁寧に選ぶ

どう伝えるか、あるいは伝えないか。正解は一つではありません。だからこそ、自分の体が発する声や心が少しでも納得できるタイミングを、自らの意志で丁寧に選んでいくことが大切です。他人にすべてを委ねるのではなく、自らが人生のハンドルを握り、主体的に命と向き合うこと。その小さな決断の積み重ねが、逆境を乗り越える確かな力になると信じています。

雨に濡れた紫陽花が静かに色を深めていくように、ままならない日常のなかにも未来への糸口はあります。今日という日を、自分らしい選択と共に歩んでいこう。

講演家  ニーナヒデヒコ
本名 新名秀彦