助手席を降りて、自分の運転席へ。

助手席を降りて、自分の運転席へ。
大きな病気を経験したとき、人は誰でも一度はパニックになると思います。私自身もそうでした。
暴走する車の助手席で、震えていた
大腸がんから始まって全身に転移が広がり、余命宣告まで受けた頃のことです。検査の数値や生存率のデータ、先生から告げられる厳しい言葉の数々。それらにただ振り回されていた時期の私は、まるで暴走する車の助手席で、ただガタガタと震えているだけの状態でした。誰かにすべてを決めてもらえたら、どんなに楽だろうと思ったこともあります。でも、助手席に乗ったままでは、車がどこへ向かおうと怯え続けるしかありません。
自分の意思で、抗がん剤をやめた
そんな日々の中で、私は抗がん剤治療を自分の意思でやめる決断を下しました。もちろん、先生の提案を断ることには大きな迷いもありましたし、怖さが消えたわけでもありません。ただ、治療を続けること自体が目的になって、自分の生活や気力まで削られていく現実に、どうしても違和感があったのです。
自分で治療を選び、やめる決断を自ら下したとき、確かに自分の手で人生のハンドルを握り直した感覚がありました。たとえその行き先が崖っぷちだったとしても、自分でハンドルを握って進んでいる限り、後悔だけはしないと思えたのです。
医療の力や周囲の支えは本当に大切です。でも、最後の行き先を決める権利だけは、誰にも預けてはいけないのだと学びました。迷いながらでも、自分の手で小さくハンドルを握り直してみる。それだけでも、見える景色は少しずつ変わっていきました。
講演家 ニーナヒデヒコ
本名 新名秀彦
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