延命は、本当に諦めなのか。

延命は、本当に諦めなのか。
梅雨の雨に濡れたアジサイが、静かに庭を彩る季節になりました。そんなしっとりとした日々のなかで、最近の医療の進歩を勉強しながら、ある難しい問いについて深く考えさせられています。
延命が目的と言われた、あの日
かつて私は、主治医から延命が目的だと言われたとき、治療を中断する決断をしました。当時の私にとって、延命という言葉は、どこか生きることを諦めることと同義に思えてしまったからです。どうしても生きたい、絶対に生きる事を諦めたくない私は、自らの意思で次の治療を探す勝負に出て、納得のいく医療に出会いました。
延命は、次の希望へのバトンかもしれない
しかし、日々新しい治療や新薬が見つかる今、必ずしも延命イコール諦めではないと強く感じています。とにかく時間を稼ぎ、命をつなぐこと。
それ自体が、次に現れる劇的な治療法へとバトンを渡す、きわめて前向きな希望になり得るのではないか。
答えの出ない問いに、寄り添いたい
答えの出ないセンシティブな問いだからこそ、がん患者やがんサバイバー、そしてそのご家族が抱える揺れ動く葛藤に、等身大で寄り添いたい。一人の人間・新名秀彦としての講演でも、綺麗事ではないリアルな心の揺れを誠実に伝えています。
正解を急ぐ必要はありません。雨をしのぎ、ただ今日を丁寧につないだ先に、新しい風が吹くと信じています。
講演家 ニーナヒデヒコ
本名 新名秀彦
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