生きるために打っているはずの薬が、私の気力を削っていた日。

生きるために打っているはずの薬が、私の気力を削っていた日。

ベッドの上で動けず、ただ天井の白い染みを見つめている。トイレと布団を往復するだけの生活が続いたとき、ふと胸の中に冷たい問いが湧き上がってきました。

治療を続けることが、目的になっていた

生きるために打っているはずの薬が、私の生きる気力を削っているのではないか。検査の数値を良くするため、少しでも長く生き延びるために、必死で副作用に耐えて治療を続けているはずでした。けれど、起き上がることもできず、ただ一日が過ぎるのを待つだけの時間は、果たして生きていると言えるのだろうか。気づけば、治療を続けることそのものが目的になってしまい、私が本当に守りたかった自分の生活や、人として活動する時間がどこかへ消えてしまっていました。

何のために頑張っているのか

病気と向き合っていると、目の前の治療をこなすことだけで精一杯になり、何のために頑張っているのかを見失いそうになる瞬間があります。もちろん、耐える時間が無意味だとは思いません。今日をやり過ごすだけで精一杯な日があるのも、本当によく分かります。

治療はあくまで、自分らしい生活を取り戻すための手段にすぎません。主役は治療ではなく、自分自身の人生です。

副作用のつらさに心が折れそうになっていたあの頃、私は一度立ち止まって、自分が本当に望んでいる毎日の景色を思い出すようにしました。 周りの意見やデータに流されるのではなく、自分の心の声に正直に耳を傾けること。 それが、自分らしい人生を取り戻すための、私なりの大切な選択でした。

講演家  ニーナヒデヒコ
本名 新名秀彦