命の水を汲みに、山奥へ。 藁をも掴む思いが、生きる力だった。

命の水を汲みに、山奥へ。 藁をも掴む思いが、生きる力だった。
5月に入り、山々の緑がいっそう色鮮やかに輝き始めました。この時期の、生命力にあふれた濃い緑が大好きです。そんな光景に背中を押されるように車を走らせ、山奥へと向かいました。お目当ては、命の水とも呼ばれる湧き水を汲むことです。
水場に集う、それぞれの願い
天然の湧き水はミネラルが豊富だと言われます。人間の体の約6割は水分でできている。そう考えると、質の良い水を取り入れることは、自分という器を整えることにも繋がる気がします。水場には、私と同じように重いタンクを抱えた方々が次々と訪れていました。きっと皆さんも、大切な誰かのため、あるいは自分自身の健康のために、それぞれの願いを携えてこの場所に来ているのでしょう。
藁をも掴む思いで、光を探していた
がんサバイバーとして病と向き合っていた日々、良いと言われることは何でも試してきました。この水は本当に体に良いのか?そんなふうに立ち止まって分析する余裕すら、当時の私にはなかった。ただ必死に、生きるための光を、藁をも掴む思いで探していた。そこには綺麗事では片付けられない、剥き出しの不安と葛藤がありました。
正解を求めて立ち止まるより、いまの自分が信じられるものを手繰り寄せて動くこと。それが、明日へ繋がる確かな一歩になる。
必死さそのものが、生きる力
いま、何らかの困難の中にいて、自分の選択に迷いを感じている方もいるかもしれません。でも、何かにすがりたいほど必死なその気持ちこそが、実は生きようとする強い力そのものだと思うのです。
等身大の言葉を届けるために
講演家として各地でお話しをさせていただく際も、こうした等身大の経験を大切にしています。新名秀彦という一人の人間が感じた心の揺れをそのまま伝えることで、誰かの強張った心が少しでも軽くなればと願っています。一滴の水が体を潤すように、私の言葉がどこかの誰かにとっての希望の種になれば幸いです。
汲みたての水は驚くほど冷たく、静かに喉を通っていきました。今日という日を生かされていることに感謝しながら、また一歩、自分らしく歩みを進めていこうと思います。
先日までの春の嵐はすごかったですね。車の運転怖かったです笑。おかげで今日の空は一段と澄み渡っています。
講演家 ニーナヒデヒコ
がん寛解祈願寺社巡り【熱田神宮編】
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