8月6日に想う。 限られた時間の中で、私たちが未来に残せるもの。

8月6日に想う。 限られた時間の中で、私たちが未来に残せるもの。
毎年8月6日が訪れるたび、私は自分自身の足元を静かに見つめ直します。
父の故郷、広島
広島は、私の父が生まれ育った場所です。戦時中に祖父母たちが疎開して移り住み、そこで原爆の投下がありました。子供の頃から何度も資料館へ連れて行かれ、学び、命の重みを感じてきた、私にとっても特別な日です。今年4月にも講演で訪れた際、改めて資料館を見学してきました。
81年が経っても、争いは続く
人類史上初めて原子爆弾が使用されてから、81年。世界を見渡せば、今なお悲しい争いが続いています。もし宇宙に高度な文明を持つ存在がいたとしたら、何度も同じ過ちを繰り返し、命を奪い合う私たち人類をどう見るのだろうか。そんなことを考えてしまうこともあります。
余命宣告が教えてくれた、時間の有限さ
命の時間は無限ではありません。私自身、がんを経験し、全身への転移や余命宣告を受ける中で、残された時間の有限さを嫌というほど突きつけられてきました。明日が当たり前に来る保証など、誰にもないのだと知りました。だからこそ、過去の悲劇にただ囚われるのではなく、今をどう生き、どんな未来を創るかという未来思考が大切だと感じています。
与えられた命の時間で何を思い、どう行動するかというハンドルの向きだけは、誰にも奪われないはずです。
平和を祈るということは、今日という一日、目の前にある自分の命を精一杯生き切ることでもあります。今日という特別な日に、改めて世界平和への祈りを込めると同時に、一人の表現者として、誰かの明日を照らす言葉を届け続けていきたいと思います。
講演家 ニーナヒデヒコ
本名 新名秀彦
©︎ 2026 Nina Hidehiko